「ちゃんとした人」

こんばんは。続けて両親の家から更新します。

 

親子の会話を優先しようとしたら、両親とももう寝ちゃったので、あと1本更新しますよ。

 

偶然でごめんよ

さて、と軽く話題を変えていいものか、仕事の都合で今日、両親の家に来ていますが、偶然にも今日という日は、なんと僕の父方の祖父の命日でした。父に聞くまで忘れていました。ごめんよ、じいちゃん。

 

偶然にもで申し訳ないと思いながら、仏壇にお線香をあげましたが、もしかしたら呼んだのか?じいちゃん。

 

祖父が生きている時は、僕の家の隣に、祖母とともに住んでいたので小さい時から大変お世話になりました。

 

僕が10歳になって、共働きの両親がいない家で弟の面倒をみながら夜を過ごすようになるまでは、夕方になると弟と一緒に祖父の家へ行ってました、

 

夜は晩御飯を食べて、お風呂に入って、弟と一緒に一通り暴れて(遊んで)、夜寝るまで祖父の家にいました。

 

両親は夜遅く帰ると、僕たち兄弟を寝たまま抱っこして自宅に戻るというわけです。

 

どんな祖父だったか?

とにかく真面目。

 

さすがに夕食どき以降は静かでしたが、日中はじっとしていることがまずない。

 

当時の祖父は、よく考えてみると、今の僕の父よりも年下ですが、とにかく庭の草木の世話をしたり、脚立に登って(80歳を過ぎても登ってました)家の雨樋の修繕をしたり、家の掃除をしたり、僕たち兄弟に剣道を教えようとして竹刀を買ってきたり、ダンベルで体を鍛えたり、まあ忙しい。

 

たまにだまって座っていると思えば、なにやら僕には読めない行書?の文字をずっと筆で書き写している。毎日ラジオを聞いては、その日の日の出、日の入りの時刻ををカレンダーに書き込んだりしていました(あれはなんのためだったんだろう?)。

 

そうだ。思い出した。近くに住む従姉妹の家(肉屋さん兼総菜屋)へ仕事の手伝いにも行っていました。もともと祖父母は東京の足立区でお惣菜屋さんをやっていたのです。

 

『じいちゃんクイズ』

僕が大学生になってたまに帰省したときは顔を出していましたが、基本的に祖父のやってることは変わりなく、いそがしそうでした。テーブルでお茶を飲みながら雑談をしていても、「〜って言葉を知ってるか?」と突然『じいちゃんクイズ』が出題されます。

 

そして、その言葉が難しい。大学生の僕でも知らない言葉ばかり。素直に「知らない」というと、「辞書を取ってこい」と僕に命じます。そうです。『じいちゃんクイズ』の正解は、出題者が答えを発表するのではなく、回答者が辞書をひいて調べるという斬新なルールだったのです。

 

ちなみにその頃実家を出ていた弟に聞いたところ、弟もたまに帰ると『じいちゃんクイズ』が必ずあったようです。

 

亡くなった時

祖父が亡くなった時、僕は北海道にいましたから本当の晩年はくわしく知りません。でも、ある日祖母が朝起きたら亡くなっていたというのをきいて、そんなはずはないのですが、その前の日まで、忙しく働いていたような気がしてなりません。

とにかく祖父は最期まで、真面目で忙しい、「ちゃんとした人」でした。

 

その祖父の長男、つまりは僕の父

普通ここまで真面目でちゃんとした人を父に持った場合、少しくらいふざけた息子が生まれてもいいと思います。

 

でもその長男、まぁ僕の父のことですが、これがまた真面目。
長年自分のお店を切り盛りし、休日にはほとんどの時間を子供達とあそんで過ごし、年に2回は家族を旅行に連れていく。

 

休日でも、家族旅行の最終日でも、夜は店に出向き、次の日からの仕込みをしている。そんな生活をなんの文句も言わず続けている人でした。

 

現在の父

店をたたんだ今でも、もうすぐ69歳にもなるのに、早朝5時とかに起きて働きに出ています。

 

祖父に輪をかけて真面目。羽目を外しているのを見たことがありません。

 

何か一つくらいあるかと思い出そうとしましたが、しいてあげるなら、旅行に行った先の朝ごはんがおいしいと、いつも以上にはしゃいで食べていたことと、家族でボウリングに行くと、1ピン残った時に揺れるピンと同調して、つい舞を踊ってしまうくらいのことしか思い出せません。

 

本当に無理やり挙げました。だってないんだもん。

 

いつでも自分のことは二の次。家族思いで祖父とおなじくらい「ちゃんとした人」。

 

さて3代目。つまり僕。

本当の幼少期を除いて(覚えてないからね)、基本的には「しつけ」をされた覚えがない。「勉強しなさい」も言われたことがない。

 

別にちゃんとしようとしたわけではなく、目の前のサンプルが2代にわたって「ちゃんとしてる人」なものだから、「ちゃんとしてない」ってのが、そもそもわからない。

 

弟と2人で留守番すれば、寝る前には30分以上かけて家中の戸締りを確認して、押入れにしまってある布団の中も誰かいないか確かめる(今思えば、いたらかなり怖いですが)、台風が来れば、両親が帰ってくるまで裏口の隙間から数滴ずつ漏れてくる水を、タオルでずっと拭き続ける。

 

だって「おにいちゃん」ですから。「おとうと」のために、なんの疑問もなくそんなことをやっていました。

 

家に子供だけですから、思春期は多少夜遊びの誘惑にかられても良さそうなものですが、夜遊びする大人が周りにいないんですから、そんなこと思いつきもしません。なにより「おとうと」が家にいますから、家を空けるなんてとてもとても。

 

多少(2浪を多少と言っては申し訳ないか?)受験で失敗しますが、基本滴に「ちゃんとした人」であったと人にも言われましたし、多少自覚もしていました。

 

大人になってから

特に疑問も持たず、「ちゃんとした大人」になるんだと思っていました。

「もっとちゃんとした人になるための努力」もして、自分も家族を父のように大切ににして、祖父のように自分でできることには最大限の力で働いて、自分の子どもたちには「できることはちゃんとやりなさい。」と叱る。

そんな毎日をおくっていました。

 

で、今どうなのよ。

いろんなことがガッタガタ。。

 

幸い子どもたちは懐いてくれているけど、いつか僕の「ちゃんとしてない部分」に気づかれるんじゃないかと、僕は内心ヒヤヒヤしてる。奥さんは僕の「ちゃんとしてない部分」にとっくに気付いてる。

 

奥さんのように友達と呼べる人も近くにいない。周囲との人間関係に悩む毎日。

 

なにより本人「うつ病」だし。

 

あれ?おかしいな?「ちゃんとした人」になるはずなのに。

 

「ちゃんとした人」になるように一生懸命してきたのに。

 

最後に

僕はあと2週間ほどで42歳になる。

だれだっけ40代は不惑って言ったの。

責任持って一度出てこい。こっちは惑いっぱなしだぞ。

The following two tabs change content below.
cotaka

cotaka

生まれてから20年は千葉、その次の20年は札幌に住んでいました。そして2年前からは埼玉に。 読書が子どもの頃からとても好きで、本を読めない時間が続くとちょっとそわそわします。 他には、星野源さんの創り出すもの、満島ひかりさんや高橋一生さんの演技、美味しいものとコーヒーが大好きです。詳しいプロフィールはこちら

スポンサーリンク