一家の主の僕が休日だということに、家族の誰も気づいていなかった・・・。
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メンタルコーチ cotaka のブログ (ときどき本とcoffeeと文房具)
一家の主の僕が休日だということに、家族の誰も気づいていなかった・・・。
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僕、芸能人にうといです。
はい。先に言いましたからね。後が楽になるように先手を打つ。大人の知恵ですね。
テレビを全く観ないわけでもないですし、映画は好きですよ。高校、大学は演劇にはまりまくってましたし。お芝居もたくさん観に行ってました。当時まだ大学生だった大泉洋さんと、札幌の劇場で話したこともあります。まだ、内容憶えてますよ。
僕「稽古いっぱいやってるんですか?」 大泉さん「え、あ、はい。」 ・・・もう少し聞くことあっただろ。
まぁそんなわけで、まったく芸能人を知らないわけじゃないんです、みんな同じ顔に見えるだけです。
特にモデル出身の方々はみんな同じような顔お綺麗で見分けがつきません。家族でテレビを見ているときは、わかってる振りに忙しいです。はい。うっかり名前を間違えようものなら、光の速さで妻に老人呼ばわりされますからね。
ただ、そんな僕もこの人はすごい!と思う方々、つまりはファンだ!と公言できる方達がいるのです。とってもメジャーな方々なのでミーハーと言われてもしょうがないですし、僕のプロフィール欄にもすでに書いていますが、ちょっとその方々のお話をさせてください。
あ、これらはもちろん、あくまで個人的な意見ですからね。
一人目は満島ひかりさん。いわゆるルックスが好きで、とは違った意味で(もちろんルックスも素敵ですが)、目が離せなくなるほど好きな役者さんです。
初めて見たのは「悪人」という映画でして、大事な役ではあるけど、はっきり言えば脇役。でもね。すごいの。
妻夫木聡さんのことを内心馬鹿にしてて、罵倒して、最後に逆上させてしまう役どころなのですが、そこへ至るまでの満島さんの感情の吐き出し方が、全身から噴き出してて、それでいて切ない感じもしてて、画面から目を離せない。迫力とはかなさが同居しながら画面を支配してて。
もうこの演技で、映画が全部、満島ひかりさんに全部持ってかれちゃってる感じ。
DVDで観ている途中なのに再生止めちゃって。誰だこの人!すげえ!ってお名前すぐに検索しちゃいました。
あんまり出演者を追いかけて作品を観たりしないので、そんなに数は観ていない方だと思いますが、いろいろな作品で偶然お見かけしたりすると、言葉の通り画面から「目が離せない」役者さんです。
役者さんでもう1人好きな方は、高橋一生さん。最近の人気はまさにうなぎ昇りって感じですね。
この方も、初めて知ったのはテレビドラマの「医龍」に若い医師役で出てた時です。
この時も、大事な役ではあるのですが、主演の坂口憲二さんの対抗馬というか、生意気な年下の医師という感じのつまりは脇役でした。
出始めのころは「ふーん、医療ドラマでよくあるタイプって感じだなぁ(すいません生意気言って)」と思いながら僕も観ていたので、満島ひかりさんの時とは違う印象でした。
ところが、です。ドラマが進むつれて、これまた目が離せなくなっていくんですよ。
若い医師が実は内側に秘めている情熱がどんどん溢れてくる。どんどん溢れてくるんだけど、若いこともあって(役としてね。高橋さんの実年齢のことではないです)その情熱の吹き出し方と感情のバランスが実に危うい感じで表現されている。
途中から高橋さんの演技ためにドラマを観ていた感じでした。
僕は、満島ひかりさんといい、高橋一生さんといい、「情熱や迫力」と、「切なさや危うさ」を同時に表現される役者さんに、どうも惹かれてしまうようです。
僕は普段、「現実社会で人間って、悲しいからこそあえて笑って見せたり、笑顔でいても悲しさでいっぱいの時があったり、異なる感情が同居することがあるよなぁ」とか、人のこころについてぼーっと考えてたりする時がよくあるのですが、そういった考え方が、お二人の演技になにか通じるものを感じて、惹かれてしまう原因なのかもしれません。
もう一人の僕が大好きな方、星野源さんについては、このお二人とはちょっと違う切り口の好きさなので、後日また書こうと思います。
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今日は暑いですね…。普段はほとんど室内で仕事をしているので、あんまり天候とか感じないんです。だから休みの日に暑いと、結構温度差にやられます。
まあ、この程度の暑さですでに参っているってのは、僕が弱っちいせいでもあるんですが。
僕の中の小さいプライドが「北海道生活が長かったもので、、」なんてことを言わせようとするんですが、「そんな言い訳はまったく意味がないぞぉ!」と感じさせる方が知り合いにいます。
ある縁でお会いした、その方の名前は小野裕史(おのひろふみ)さん。
初対面でお話しした時は、僕が説明役だったのにも関わらず、「なんだかこの人、頭の回転というか理解力がすごいぞ」と感じました。うまく説明できないんですが、別に僕の説明の先読みをしたり、口を挟んだりするわけじゃなくて、ただうんうんときいてらっしゃるだけなんです。でも例えも、補足もいらないというか、理解してるぞオーラがすごいんです。僕が仕事で説明している最中、そんなオーラを感じたのはその時だけです。
小野さんは、僕とは逆に北海道で生まれ、大学進学と共に東京に出てきた方です。今回のタイトルの「ノータイムポチリ」というのは小野さんが著書や講演の中で度々使う言葉で、つまりは、
「インターネットを見ていて面白そうなことがあったら、とりあえずポチっちゃえ。後のことはそれから考える」
てことです。あのTEDで講演していたときもおっしゃってました。
そんな小野さんが書いた本が
実は小野さんは小学校の頃から消極的な方で、30代半ばまで完全なるインドア人間のIT会社員でした。多分お仕事の内容を聞いたら、みなさん「あー!あれを作った人!?」となると思います。
そんな小野さんが、少しは運動しなきゃなと思って始めたのが Wii fitというのですから、どれだけインドアな方かみなさん分かるかと。
Wii fitのジョギングソフトで室内をドタドタ走っていた小野さんはある日、思います。「家の中で走るのつまらん。ちょっと外出てみるかな」
外を走ってみたら以外と走れた。「あれ、以外と俺走れるじゃん。」
そんな段階でインターネット上で見つけた3ヶ月後のフルマラソンにポチリとエントリーします。え?
そんでフルマラソンを何回も走っているうちに、今度はコスプレをしながら走るようになりました。全身大根の着ぐるみで。ええ??
着ぐるみの次の段階で小野さんがエントリーしたマラソン大会は、会場が砂漠、南極、北極、アマゾン。しかも着ぐるみも用意して。7日間とかかけて走る。えええ? 書き間違いじゃないですよ。本当に砂漠、南極、北極、アマゾン。アマゾンに行く時には猛獣対策としてピコピコハンマーを持参してました。
そして、ついには3人チームで砂漠レース世界一になってしまいました。えええええ!
ね。この方の行動力おかしいでしょ。ついこの前は乗馬で160キロ走る海外の大会に出てました。大会出るのを決めるまで乗馬経験なかったのに。あ、そうだ。宇宙ロケットのチケットももう予約してます。思わず「どこまで行く気ですか」と先日メッセージを送ってしまいました。
なのに見かけはぜんぜんゴツくない普通の人。僕より一つ学年が上ですが、見た目は僕よりはるかに若く見えます。奥さんも素敵な方で、じつはバリバリにできる人なのですが、海外でサバイバル的なレースを走っている疲れ果てた小野さんに、ラーメン二郎の列に並んでいる写真を送ったりします。
全くの偶然から、お会いすることができ、何度かお話しし、ご家族から献本していただいたこの本の中にあった言葉の一つが、
「ノータイムポチリ」
先日Facebookのメッセンジャーで「僕のメンターになってください」とお願いしたところ、3、4回会っただけなのに承諾していただきました。
メンターといっても、なにか特別なことを直接していただくわけではありません。ただ、「ノータイムポチリ」の精神を忘れないためにメンターになっていただいたのです。なにか一歩を踏み出したらご報告しようと。
なかなか小野さんのような「ノータイムポチリ」はまだまだできていませんが、「心の中にはいつもノータイムポチリ精神を持つ」ことを続けています。
実は「ブログを始める!受講料も安くないけどやる!」は僕なりのノータイムポチリでした。
小野さんのおかげで僕はブロガーになれたのです。
またお会いしたいなぁ。
あなたの背中を押すかもしれない名著です。
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昨日も読書についてのお話を投稿しましたが、もうひとつ忘れてはいけない読書の話。
それは仕事に関係する内容の本を読むこと。
今、僕がついている職業は、日々本を読んで、考えて、勉強を続けていなければ、(自分の頭がポンコツなことも関係あるのでしょうが、)本当にもう、あっ!という間に業界で置いてけぼりを食ってしまいます。
知らないことを知ることは好きなので、そうやってなかば強制的であっても、勉強を続けられる世界にいることは少し嬉しいことではあります。
でも、普段のただ好きだから本を読む時と、仕事のために本を読む時では、大きく違うことがあります。
それはページをめくって知らないことが書いてあった時に、チクリと胸が痛むこと。もうちょっと前に知っていたかったなと思うこと。
知っていたらちょっとは違う今があったのかなと思うこと。
毎日、仕事でも本のページをめくる。少しドキドキしながら。ワクワクではなく。
ほら、また知らなかったことが書いてあった。そんな毎日でもあります。
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本をゆっくり読みたいのですが、なかなか時間が取れません。順番待ちの本たちが、溜まりまくり。
色々な本が流通しては消えていく現実を知ってからというもの、書店や書評で見かけた本はなんだか一期一会のような気がして、基本的にすぐ購入してしまう(図書館で見つけたものは借りるのだけど)のもこの悩みの一因かと。
ちなみに、ゆっくり本を読むという時間そのものも気分的に大切なのであんまり急いで読むということはしません。
また、本と自分との間には出会いの他に、読身始めるタイミングというか、旬のようなものが確かに存在している気がします。
そんでもって、その旬を逃すと後から同じ本を読んでも、なんともいえない違和感を感じてしまうことがあるのが、読書の不思議なとこだと思います。しばらく読書ができない日が続くと、今まさに旬を逃しているのでは?と勝手にヤキモキするわけです。
さて、こんな感じでさも困っていることのように書きましたが、実は読みたい本がたくさんあるのは僕としては幸せなことでして、
「あー、まだ読みたい本がこんなに溜まってるよー」と、自宅や書店や図書館でひとりごとを言っている僕の顔は実はちょっとニヤけています。
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